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 職業柄、専門文献には数多く目を通しますが、その反面、小説(文学作品)を読む機会はどうしても少なくなります。個人的には何かしら文芸書を読み続けたいと思っており、このページを作成しました。月に1冊を目標としていますが、実現は難しいかもしれません。いずれにせよ、このページは本当に私的な備忘録なので読み流してください。

最終更新日 2024年03月15日(金)

【第76冊】 安部公房『飛ぶ男』(新潮文庫、2024年)[Amz (jp)]  New!!

 高校生の頃に熱心に読んだ作家のひとりが安部公房。現実にはありえない設定にもかかわらず、妙にリアルな物語の数々に夢中になりました。新潮文庫から刊行されている作品はほぼすべて読破しましたが、今回こうして新潮文庫で新刊が出版されるとは思ってもいませんでした。『弟』を名乗る見知らぬ青年が空中飛行で主人公のもとを訪ねてきて……という展開は魅力的なものの、残念ながら本作は遺稿集からの未完の作品。完結していれば、きっと名作になっていただろうと思います。(2024.03.15)

【第75冊】 ドイル『緋色の研究』(延原謙訳、新潮文庫、2010年改版)[Amz (jp)]  New!!

 現代の本格的な推理小説からすれば、本作にはトリックらしいものはほとんど存在せず、いろいろ粗もあるのでしょうが、物語としては抜群に面白いと思いました。犯人から語られる犯行動機が悲劇的なので、やはり被害者よりも犯人に同情してしまいます。個人的には、頓珍漢な推理をする刑事に対して、強烈な嫌味を放つホームズが印象的でした。「大切な時間を空費しないようにしたまえ」(60頁)のせりふがそれですが、内容にかかわるのでここに詳細を記せないのが残念です。(2024.03.06)

 

【別冊/小冊子】 いしいしんじ『クロワさん』(進々堂、2023年)

 京都で有名なパン屋さんの進々堂、その店先に置かれていた、60頁ほどの小冊子。無料ということで、パンを買うついでに持ち帰って中身を確認してみたところ、いしいしんじさんの短篇小説でした。タイトルが示唆するとおり、クロワッサン好きの女性宇宙飛行士・小林黒羽さんを描いた物語で、終始柔らかな語り口で綴られています。巻末の「ごあいさつ」によれば、進々堂提供の短篇小説は今回が第4弾とのこと。機会があれば、ぜひ前3作も読んでみたいと思いました。(2023.12.28)

【第74冊1】 倉橋由美子「パルタイ」『掌の読書会 桜庭一樹と読む倉橋由美子』(中公文庫、2023年)[Amz (jp)] 

 失礼ながら、私は桜庭一樹さんのことは存じ上げず、端的に〈倉橋由美子〉の名前に惹かれてこの短篇集を購入しました。まずは、高校時代に読んだはずの「パルタイ」をそれこそ四半世紀ぶりに再読してみました。すっかり内容を忘れていましたが、最後の一行を読んで、「ああ、たしかにこういう結末だった」という既読感が甦りました。作品全体に漂う空虚さと薄気味悪さ。「そして私は自分自身の自由を拘束することによっていっそう自由になることを選ぶのだ」(136頁)という女子大生らしき主人公のせりふが妙に寒々しく感じられ、特に印象に残りました。(2023.12.23)

【第73冊】 ドイル『シャーロック・ホームズの思い出』(延原謙訳、新潮文庫、2010年改版)[Amz (jp)]

 昨年に続き、今年も1回生のゼミで、ホームズの短篇集を読みました。あくまでも私の個人的な感想ですが、名作「赤髪組合」「まだらの紐」が収録されている『冒険』に比べれば、こちらの『思い出』は少し物足りないような気がしました。例えば、悪の天才モリアティ教授との対決を描いた「最後の事件」は読み物としては面白いのですが、事件の具体性に乏しく、謎解きの要素もほぼ皆無でした。本短篇集の中では「白銀号事件」が最も推理小説らしい作品だったように思います。(2023.12.14)

【第72冊】 シーラッハ『神』(酒寄進一訳、東京創元社、2023年)[Amz (jp)]​

 現実のドイツ社会を背景としながら自死の幇助(医師の手による積極的安楽死)の是非を扱った戯曲で、文庫化されればぜひゼミで講読したいと思いました。私が法学部に在籍することもあり、作中の憲法学教授の言葉のいくつか、例えば、「法的には生きることは義務ではない」(31頁)とか、「すべての法律と同じように、憲法もまた悪に感染しやすく、欠点がある」(40頁)が印象に残りました。それから作品後半の神学的な論争も興味深かったですが、アウグスティヌスの著作や公会議の決定においてはともかく、聖書それ自体には自死を禁止しているテキストはないんですね(83頁)。知りませんでした。(2023.11.16)

【第71冊】 桐野夏生『日没』(岩波現代文庫、2023年)[Amz (jp)]
​ たまにはゼミで流行りの小説を講読してみようと思い立ち、たまたま書店で目についたこの作品を課題図書に指定しました。予習を兼ねて私は一足先に読み始めましたが、想像以上に面白くて一気に読了してしまいました。主人公の小説家・マッツ夢井が訳の分からぬままにブンリン(文化文芸倫理向上委員会)なる国家組織に召喚される不条理さは、カフカ『審判』に通じるところがあるかもしれません。ネタバレになるので詳細を記すことは控えますが、「表現の自由」の脆さについて考えさせられる秀作だと思います。強いて欲を言えば、療養所で主人公が書き綴る物語「母のカレーライス」はそれ自体として面白いので、できれば完結させてほしかったかな。(2023.11.10)
 

【第70冊1】 エウリピデス「メデイア」同『悲劇全集1』(丹下和彦訳、京都大学学術出版会、2012年)[Amz (jp)]

​ ふとしたことから今回エウリピデスの悲劇「メデイア」を読んでみましたが、意外に面白かったというのが正直な感想です。夫への復讐のために、我が子を手に掛けるメデイアの狂気と逡巡をめぐる描写が本作の読みどころといったところでしょうか。ただ、私のようにギリシア神話の基礎的知識を欠いているといろいろ分からないところがあるので、手元に神話辞典は必要かもしれません。ところで、たまたま最近購入したシャルパンティエ(Marc-Antoine Charpentier)のCD集のなかに「メデ」という曲が収められていましたので、今回はそれをBGMとしました。メデイアの怒りとは異なり、耳に心地よい音楽だったような気がします。(2023.10.29)

【第69冊】 シェイクスピア『リチャード2世』(松岡和子訳、ちくま文庫、2015年)[Amz (jp)]

 《シェイクスピア読破その7》 人間関係がそれなりに複雑なので、最初の20頁ほどを読み進めるのが大変でしたが、それを過ぎるとあっという間に読み終えました。内容は、プランタジネット朝の最後の王リチャード2世が従兄弟のボリングブルックに王位を簒奪される史劇。脚注でも指摘されているように、脚色は多々あるものの、史実を素材にしており、イギリス史に疎い私にはとても勉強になりました。印象に残った一節として、傲りたかぶる王に対して、叔父ゴーントが投げかけた次の痛烈なせりふを引用しておきたいと思います。「法律上お前の身分は法に縛られた一介の奴隷に過ぎない。(Thy state of law is bondslave to the law, ...)」(61頁。原文は The New Oxford Shakespeare より)。(2023.07.14)

【第68冊】 日本推理作家協会編『2019ザ・ベストミステリーズ』(講談社文庫、2022年)[Amz (jp)]

 書店でたまたま見かけて、手に取ってみました。9つの短編推理小説が収録されており、それぞれにちがった面白さがありましたが、個人的には大倉崇裕さんの「東京駅発6時00分のぞみ1号博多行き」がベストでした。いわゆる倒叙型(先に犯人が提示され、そのトリックなどが解明されていくタイプ)の本格的な推理小説で、新幹線の中で繰り広げられる福家警部補と犯人とのやり取りがスリリングです。これを機に福家警部補シリーズを読んでみたいと思います。もう一作挙げるとすれば、曽根圭介「母の務め」。読者の勝手な思い込みを利用した短編で、私はまんまと騙されました。ネタバレになるので詳細を記せませんが、読後感は「ずるいなぁ」の一言(もちろん誉め言葉)です。(2023.05.09)

 

【第67冊】 シュリンク『朗読者』(新潮文庫、2003年)[Amz (jp)]

 ゼミの課題図書に指定し、私自身も実に二十数年振りに再読しました。ハンナの秘密や物語の結末は鮮明に覚えていましたが、やはり細部は忘れてしまっており、改めていろいろ考えさせられました。あれこれ記すと物語の核心に触れてしまいそうなので、やや物語の本筋から離れますが、ここでは印象に残った次の一節(207頁)だけを引用しておきたいと思います。「法律はある目的に向かって発展してはいくが、多種多様な揺さぶりや混乱、幻惑などを経て、たどり着く先は、結局またもとの振り出し地点なのだ。(2023.04.30)

【第66冊】 堀田善衞『路上の人』(徳間書店、2004年)[Amz (jp)]

 中世ヨーロッパを舞台にして、笑いや異端審問を題材にしている作品といえば、巻末の解説で触れられているように、やはりエーコの『薔薇の名前』が真っ先に思い浮かびます。が、本作はけっしてその二番煎じなどではなく、路上の人たる下層民ヨナの視点から当時の神学論争の一端に光が当てられており、とても興味深い作品でした。例えば、秘跡の有効性をめぐって発せられる、《不法ナレドモ有効ナリ Ilicita sed valida》(204頁)。また、ヨナの主人たる騎士アントン・マリアに象徴されるように、騎士道の恋愛観も加味されている点が、『薔薇の名前』には見られない特徴でしょうか。最後が多少駆け足気味に感じましたが、西欧中世世界に興味のある人には読んで損のない名作だと思います。(2023.04.29)

【第65冊1】 三浦哲郎「やどろく」同『完本 短篇集 モザイク』(新潮社、2010年)[Amz (jp)]

 高校時代の国語の資料集で見かけて以来、ずっと気になっていた小説家のひとり。これまでずっと読まずに来ましたが、今回、短篇集を買い求めて、最初の作品を読んでみました。20頁足らずの掌編ですが、父・母・娘の心情が本当に巧みに描かれています。嫁ぎ先に旅立つ娘に意味もなくつらく当たってしまい、フェリーターミナルの待合でひとり酒を口にしてしまう父・やどろく。そのやるせない気持ちが何となく分かるような気がしました。(2023.04.21)

【第64冊】 堀田善衞『聖者の行進』(徳間書店、2004年)[Amz (jp)]

 7つの短編を収めた作品集で、ひとつを除き、残りはすべてキリスト教を題材とした歴史小説。「ある法王の生涯:ボニファティウス八世」を目当てに本書を買い求めましたが、権力欲の強い法王の人柄が作中に滲み出ており、とても面白かったです。欲を言えば、仏王フィリップ4世との確執や教会法学者としての法王の才覚を丹念に描いてほしかったように思います。あとは、対立教皇ベネディクトゥス13世を主人公とした「方舟の人」も、教会大分裂時代の混沌とした雰囲気を伝えており、興味深く読みました。なお、「メノッキオの話」は、ギンズブルグ『チーズとうじ虫』の要約版のような作品。肝心の『チーズとうじ虫』を未読なので、機会を見つけて読んでおきたいところです。(2023.03.20)

【第63冊2完】 泡坂妻夫「金津の切符」他 同『ダイヤル7をまわす時』(下記参照)

 表題作「ダイヤル7」を除く、残り6篇をすべて読み終えました。推理小説としては、かなり軽めの印象を受けました。個人的には「金津の切符」が最も面白かったです。犯行の動機が分かるような気がします。他方で、「可愛い動機」「広重好み」はよく分からないなぁといったところです。さすがに動機に無理がありすぎるのでは……。(2023.03.22)

【第63冊1】 泡坂妻夫「ダイヤル7」同『ダイヤル7をまわす時』(創元推理文庫、2023年)[Amz (jp)]

 書店でたまたま見かけた泡坂妻夫さんの短編集から、表題作の「ダイヤル7」を読んでみました。ネタバレになるので詳細を書けないのが残念ですが、電話がダイヤル式というあたりにやはり時代を感じますね。また、肝心の「ダイヤル7」の謎もスマホ世代の若者にはピンとこないかも……。登場人物の不自然な言動から「この人が犯人では」と何となく勘づくのですが、舞台設定も含めて、真相を当てるまでにはいきませんでした。(2023.03.03)

【第62冊】 加賀乙彦『宣告(下)加賀乙彦長編小説全集5』(作品社、2022年)[Amz (jp)]

 学内外の業務が一段落ついたため、集中して読み終えました。上下巻併せて1,000頁ほどの大長編ですが、登場人物たちの回想シーンを除けば、この小説で描かれているのは、死刑囚・楠本他家雄と医官・近木をめぐるわずか数日の出来事です。結末を記すことは避けますが、主人公らの長い内面描写を経て辿り着く最終章はやはり圧巻です。死刑制度への賛否は措くとして、私には次の一節が特に印象的でした。「神は……人間に予告のない死しか与えなかった。ひとり人間のみが死刑宣告という殺人法を考案し、同胞に死を予告する。(2023.02.11)

【第61冊】 シェイクスピア『ヴェニスの商人』(松岡和子訳、ちくま文庫、2002年)[Amz (jp)]

 《シェイクスピア読破その6》 1回生のゼミで3回に分けて読みました。シェイクスピアの裁判ものと言えば、やはり『ヴェニスの商人』ですが、恥ずかしながら私も今回が初読でした。肉1ポンド云々があまりに有名ですが、実際に読んでみると、いくつかの恋愛物語が交錯していて、それなりにストーリーは複雑です。また、喜劇に分類される本作ですが、作中には露骨なユダヤ人差別が充満していて、素直には笑えません。個人的には、利子をめぐるアントーニオとシャイロックのやり取りが印象的でした(2022.12.25)

 

【第60冊】 千種創一『砂丘律』(ちくま文庫、2022年)[Amz (jp)]

 2015年に刊行された歌集の文庫化。失礼ながら、この歌集のことを私はまったく知らなかったのですが、書店でパラパラとページを繰って次の歌を見つけたので、思わず購入しました。「アラビアに雪降らぬゆえただ一語 ثلج と呼ばれる雪も氷も」(141頁) ثلج にはサルジュというルビが振ってあります。他には、「砂の柱にいつかなりたい 心臓でわかる、やや加速したのが」(73頁)、「純粋といいきれたなら 上空に蜻蛉をとどめる風のさやかさ(251頁)が印象に残りました。(2022.12.02)

【第59冊】 村上春樹『猫を棄てる:父親について語るとき』(絵・高妍、文春文庫、2022年)[Amz (jp)]

 副題にあるように、村上春樹さんが自分の父親について綴った文章。ごく短い作品なので30分程度で読み終えましたが、いろいろ考えさせられました。また、村上さんの「戦争」観がちょっとだけ分かったような気がしました。全体として静かな筆致で描かれており、特に私には「結果は起因を呑み込み、無力化していく」(112頁)という一節が印象的でした。(2022.11.26)

【第58冊】 ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』(延原謙訳、新潮文庫、2011年改版)[Amz (jp)]

 刑法学の基礎知識を交えながら、1回生のゼミで講読しました。本作は短編集で、有名な「赤髪組合」と「まだらの紐」が収録されています。ただ残念なことに、前者については私はすでに他のアンソロジーで読了済みでしたし、後者については未読だったものの、あまりに有名すぎるオチを知っていました。個人的には「オレンジの種五つ」が印象的でした。ネタバレになるので詳細は書けませんが、オレンジの種の秘密がそんなふうにして明らかになるとは……。ちょっとずるくないか?(2022.11.03)

【第57冊】 加賀乙彦『宣告(上)加賀乙彦長編小説全集4』(作品社、2022年)[Amz (jp)]

 長編小説は登場人物が多く、その人間関係も複雑だったりするので、私は序盤で躓きがちで、この作品においても何度も第1章を行きつ戻りつしました。しかしながら、第2章以降はとても面白く、すらすらと上巻を読み終えました。物語は死刑囚・楠本と精神科医・近木を中心に進んでいきますが、感想は下巻を読み終えてから記すことにします。この上巻でも印象的な言葉がいくかありましたが、私には医務部長の次のせりふがとりわけ印象に残りました。「監獄いう所は、はじめより法の力で作られているです。法の組み立てて場所では法に反する行為一切が認められぬ、それが前提です。」(226頁)(2022.11.02)

【第56冊】 遠藤周作『海と毒薬』(新潮文庫、1960年、2003年改版)[Amz (jp)]

 法律学の基礎は日本語力だと思います。ですので、低年次のゼミでは優れた文学作品(ただし、多少なりとも法や正義に関連する作品)を読むことにしました。その課題図書に選んだのがこの作品。私は一足先に読み終えましたが、いろいろ考えさせられますね。もっとも、人体実験に参加した勝呂にも戸田にも看護婦にも十分に引き返す機会が与えられていたのであって、その点で彼らの法的責任は免れないように思います。(2022.09.29)/ちなみにゼミでは第1章最後の戸田のセリフ「なんや、まあヘンな話やけど」云々(92頁)が重要なポイントではないかという指摘が受講生よりあり、軽く読み流していた私はハッとさせられました。(2022.10.30)

【第55冊】 角田喜久雄『霊魂の足:加賀美捜査一課長全短篇』(創元推理文庫、2021年)[Amz (jp)]

 東京創元社のサイト上で、角田喜久雄の作品集が最近刊行されたことを知り、思わず購入してしまいました。副題にもある通り、加賀美敬介が活躍する7つの短篇が収録されています。終戦直後を舞台にした推理小説なので、現在の科学捜査ではすぐにバレてしまいそうなトリックばかりですが、ストーリーがシンプルである分、私は面白く読めました。個人的には、表題作よりも、「怪奇を抱く壁」が印象深かったかな。角田喜久雄と言えば、やはり「発狂」。高校時代に読み、ただただ驚嘆しました。とはいえ、すっかり内容を忘れてしまったので、日本探偵全集第3巻を改めて読み直してみたいと思います。(2022.09.05)

【第54冊】 ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』下巻(山田蘭訳、創元推理文庫、2018年)[Amz (jp)]

 すべての作業の手を止めて、一気に下巻を読破しました。作品全体の構成が巧みで、とても面白かったです。ただし、私には世評ほどの傑作には思えませんでした。というのも、犯人の動機が安直で、ボリュームの割に感動が薄かったように思います。また、ネタバレになるので詳細は書けませんが、犯人の詰めが甘いようにも感じられましたし(さすがにそれは燃やしておくでしょ?)、本筋に直結しない冗長な記述(例えば、下巻242~255頁は必要?)も多々見受けられました。というように、やや辛口の感想になってしまいましたが、一読の価値は十分にあると思います。(2022.08.30)

 

【第53冊】 ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』上巻(山田蘭訳、創元推理文庫、2018年)[Amz (jp)]

 創元推理文庫と言えば、私にとっては日本探偵小説全集。『黒死館殺人事件』に象徴されるようなおどろおどろしい雰囲気に惹かれて、高校生の頃によく読んでいました。ただ、それ以降、推理小説そのものへの関心が薄れてしまい、創元推理文庫の作品を手に取ることはほとんどありませんでしたが、今回、本作の評判を聞きつけ、上巻を読んでみました。一言で言って、面白い! とはいえ、上巻は下巻への長い序奏にすぎず、謎はまったく解明されていません。下巻が楽しみです。(2022.08.28)

 

【第52冊】 夏目漱石『門』(新潮文庫、1948年、2002年改版)[Amz (jp)]

 『三四郎』『それから』に続く、いわゆる前期三部作の最終作。物語の核心にかかわる三角関係らしきものの詳細が描かれていなかったり、思いつめた主人公・宗助が唐突に禅寺を訪ねたり、と、小説としていろいろ粗はあるのでしょうが、三部作のなかではこの作品が最も面白く感じられました。とりわけ宗助と妻・御米との何気ないやり取りが読んでいて微笑ましく、「論語にそう書いてあって」(90頁)という御米の冗談が印象的でした。(2022.08.20)

 

【第51冊】 シェイクスピア『テンペスト』(松岡和子訳、ちくま文庫、2000年)[Amz (jp)]

 《シェイクスピア読破その5》 去年、シェイクスピアの四大悲劇を読み終えたところで、読書を中断してしまいましたが、改めてシェイクスピア読破を目指して読書を再開。まずは『テンペスト』を読んでみました。ミラノ大公の地位を追われたプロスペローが魔法を駆使して、見事にその地位に返り咲く物語。正直に言って、私にはやや退屈でしたが、空気の精エアリエルが最後までプロスペローに従順だったのが印象的でした。(2022.07.30)

【第50冊】 ロルカ『三大悲劇集 血の婚礼 他二編』(牛島信明訳、岩波文庫、1992年)[Amz (jp)]

 表題作のほかに「イェルマ」と「ベルナルダ・アルバの家」を収録した、ガルシーア・ロルカの戯曲集。ショスタコーヴィチ交響曲第14番のテキストを通じてかろうじてロルカの名前だけは知っていましたが、彼の作品に触れたのは今回が初めて。収録作品はいずれも女性の悲劇を描いたもので、とりわけ不妊に苦しむ女性イェルマの狂気が印象的でした。(2022.07.16)

【別冊/文庫】 土井善晴『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫、2021年)[Amz (jp)]

 この本を読むと、「米と味噌があれば、多少のことはどうにかなるのではないか」という前向きな気持ちになれます。読んでいて、元気になります。特に印象に残ったのは、次の一文。「家庭料理が、いつもいつもご馳走である必要も、いつもいつもおいしい必要もないのです」(104頁)。たしかにそうかも! (2022.07.05)

 

【第49冊】 遠藤周作『死海のほとり』(新潮文庫、1983年、2010年改版)[Amz (jp)]

 遠藤周作の小説は『沈黙』しか読んだことがなかったので、今回この作品を読んでみました。巻末の解説のなかで触れられているように、「〈永遠の同伴者〉としてイエス像」が見事に提示されているように思いました。福音書に描かれている劇的なイエスとは異なり、本作のイエスは奇跡を起こすわけではなく、ただただ弱者に寄り添うだけの人物。作中のイエスいわく、「わたしができることは……あなたたちと苦しむことだから……」(51頁)、「でも私は、その苦しみを一緒に背負いたい」(297頁)。学術的な史的イエスからは程遠いのかもしれませんが、文学作品としては感動的なイエス像だと思います。(2022.06.18)

【第48冊】 井上靖『猟銃・闘牛』(新潮文庫、1950年、2004年改版)[Amz (jp)]

 表題作2編のほかに「比良のシャクナゲ」が収められた作品集。「猟銃」は、巻末の解説でも示唆されているように、さすがに作為的すぎるかな。こうした書簡体の小説を読むと、私はいつも「ふつうのひとにこんなに長い手紙が書けるものだろうか」と疑問に思ってしまいます。「闘牛」は作品全体に気怠い感じが漂っていて、それなりに面白く読めましたが、やはり初期の作品なので、ちょっと私が求めていたものとは違いました。(2022.05.29)

【第47冊】 逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房、2021年)[Amz (jp)]

 2022年本屋大賞受賞作。通勤電車の時間を利用して、一気に読了しました。日本人にはあまりなじみのない独ソ戦をテーマにしたもので、史実としてはともかく、小説としてはとても面白い作品でした。ただし、戦争を題材とする作品の常として、主人公に近しい人たちが次々に亡くなっていくので、読んでいて暗い気持ちになります。また、ネタバレになるのでここには書けませんが、主人公セラフィマが最後に撃った敵とはあの人だったのか、と予想を裏切られました。陳腐な感想になりますが、やはり戦争は不幸しかもたらしませんね。作中にはウクライナへの言及もあります。一刻も早い平和を願ってやみません。(2022.04.26)

 

【第46冊】 井上靖『あすなろ物語』(新潮文庫、1958年、2002年改版)[Amz (jp)]

 個人的に井上靖ブームが到来して、同氏の作品をいろいろ読んでいます。この『あすなろ物語』はたぶん高校生か学部生の頃に読んだはずなのですが、すっかり話のあらすじを忘れていました。6つの短篇から成る連作短篇集と言ってよいと思いますが、やはり最初の「深い深い雪の中で」が圧倒的に素晴らしい。『しろばんば』の世界観をギュッと圧縮して、静謐にした感じ。改めて『しろばんば』を読み返してみたいと思いました。(2022.01.19)

【第45冊】 井上靖『本覚坊遺文』(講談社文芸文庫、2009年)[Amz (jp)]

 師利休の死をめぐる、弟子本覚坊の手記。終始、上品で端正な日本語で綴られており、作品全体に気品が漂っています。この作品のいったい何が面白いのかを説明するのは難しいのですが、とにかく一気に読み終えました。本覚坊は古田織部、織田有楽らと利休の死について言葉を交わしますが、その彼らも亡くなっていき、最後は老いた本覚坊のみ。そういえば、高校の国語の教科書に「利休の死」が掲載されていたのを思い出しました。そちらも読み返してみたいと思います。(2022.01.10)

【第44冊】 井上靖『楼蘭』(新潮文庫、1968年、2010年改版)[Amz (jp)]

 表題作の「楼蘭」を含め、12の作品から成る短編集。西域を扱った「楼蘭」「洪水」「異域の人」はさすがですが、やはり名作『敦煌』には及ばず。意外に、昔話風の「狼災記」「羅刹女国」「僧伽羅国縁起」が奇想天外で、面白かったです。この短編集のなかで最も興味深く感じた作品が、補陀洛寺の住職金光坊を主人公にした「補陀落渡海記」。否応なしに補陀落渡海に巻き込まれていく金光坊の心理が巧みに描かれています。先に補陀落渡海を遂げた清信上人の「やれやれ、人間というものは、生きるにも死ぬにも人に厄介になるものですわ」(271頁)というセリフが印象に残りました。(2022.01.04)

【別冊/新書】 岡田暁生『よみがえる天才3 モーツァルト』(ちくまプリマー新書、2020年)[Amz (jp)

 自宅でBGMとしてモーツァルトを流すことが多いのですが、音楽の素養のない私はただぼんやりと耳を傾けるだけ。この書籍はモーツァルトの楽曲の魅力を分かりやすい言葉で伝えてくれるので、本書で取り上げられているポストホルン・セレナーデやピアノ協奏曲25番など、「きちんと聴いてみようかな」という気持ちになりました。また、つかみどころのない「悲しいけれどうれしい」や「うれしいけれど悲しい」を作曲し得たのは、音楽史でただ一人、モーツァルトだけである(18頁)という一節が特に印象的でした。岡田先生にはぜひ同じテイストでベートーヴェンやシェーンベルクも執筆してほしい! (2021.12.29)

 

【第43冊】 井上靖『天平の甍』(新潮文庫、1964年、2005年改版)[Amz (jp)]

 久しぶりに井上靖の小説を読みました。『しろばんば』、『夏草冬濤』、『氷壁』などの現代物は若い頃に夢中になって読みましたが、いわゆる歴史物は『敦煌』を除いて未読でした。最近ちょっと仏教に興味をもって何となくこの作品を手に取ってみましたが、とても面白く感じました。入唐僧・普照を始めとする登場人物の心理にあまり深入りせず、淡々と物語が進むところがいいですね。私の印象に残ったのは、同じ入唐僧・戒融が普照に問いかけた次の台詞。「日本人の血を持っているから日本へ帰らなければならぬのか」(97頁)。機会を見つけて、別の作品も読んでみようと思います。(2021.12.01)

【第42冊】 ドストエフスキー『賭博者』(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2019年)[Amz (jp)]

 前半はやや退屈でしたが、大金持ちの「おばあさん」が登場してから一気に物語が面白くなりました。少し考えれば分かりますが、ギャンブルにのめり込んで成功するひとはほぼ皆無です。この小説に登場するのもギャンブルで破綻していくひとばかりですので、読んでいて切なくなりました。ちなみにドストエフスキーの作品としては、『罪と罰』(江川卓訳)は学部生の頃に、『カラマーゾフの兄弟』(原卓也訳)は大学院生の頃に、そして『悪霊』(亀山訳)は助教の頃に読みました。が、細部はほとんど忘れてしまいましたので、折を見て、改めて読み直してみたいと思います。(2021.09.13)

【第41冊】 大江健三郎・古井由吉『文学の淵を渡る』(新潮文庫、2018年)[Amz (jp)]

 対談集。私にはふたりの作風はまったく異なるように見えるのですが、この対談を読んで、意外に共通するところが多いように感じました。また、本書に収められた6つの対談のうち、日本の近代文学の歩みを35篇の短篇小説で振り返る「百年の短篇小説を読む」がとりわけ面白かったです。ふたりが絶賛する牧野信一「西瓜喰ふ人」は、ぜひ読んでみたいと思います。(2021.08.29)

【第40冊】 シェイクスピア『ハムレット』(松岡和子訳、ちくま文庫、1996年)[Amz (jp)]

  《シェイクスピア読破その4》『ハムレット』は松岡訳で数年ぶりの再読となりました。「生きてこうあるか、消えてなくなるか、それが問題だ (To be, or not to be, that is the question)」(119頁)を始めとして、「尼寺へ行け (Get thee to a nunn'ry)」(123頁)など、名言には事欠きませんが、今回の再読で興味深かったのは、この『ハムレット』にも「王の二つの身体」を予感させる台詞(182頁)が見出されること(訳者の松岡さんが訳注で言及していることであり、例えば、角川文庫の河合祥一郎訳には同様の指摘はありませんでした)。ともあれ、これで再読も含めて四大悲劇をすべて読み終えたので、次はいよいよ『リチャード2世』に挑戦してみたいと思います。(2021.06.08)

 

【第39冊】 シェイクスピア『オセロー』(松岡和子訳、ちくま文庫、2006年)[Amz (jp)

 《シェイクスピア読破その3》 妻デズデモーナと副官キャシオーの仲を疑うオセローの悲劇。最後にバタバタと人が死んでいくのですが、リア王やマクベスに比べれば、スケールが小さいような気がしました。ふたりの不倫をほのめかす悪漢イアゴーのやり方もせこいですし、それにはまってしまうオセローの嫉妬心もひどく単純というか…。個人的には、ブラバンショーの台詞に出てくる「自然の掟にさからって (Against all rules of nature)」(35頁)という表現(原文は The New Oxford Shakespeare より)が印象に残りました。(2021.04.19)

 

【第38冊】 シェイクスピア『マクベス』(松岡和子訳、ちくま文庫、1996年)[Amz (jp)]

 《シェイクスピア読破その2》  手元のメモによれば、以前私がマクベスを(おそらく新潮文庫の福田恆存訳で)読んだのは、15年以上昔の院生の頃。魔女が登場したことを除けば、すっかり話を忘れていました。どうやらマクベスは実在のスコットランド王をモデルにしているようで、シェイクスピアを楽しむためにも一度しっかり英国史を勉強しなかればならないと思いました。印象に残った一節として、ダンカン王の殺害を逡巡するマクベスの次の台詞(第1幕第7場)を引用しておきます(原文は The New Oxford Shakespeare より)。「公平な手を持つ正義の神は/我々が用意した杯の毒を/我々の唇に押し付けてくる (This even-handed justice / Commends th'ingredience of our poisoned chalice / To our own lips.)」(41頁)。(2021.04.11)

 

【第37冊】 シェイクスピア『リア王』(松岡和子訳、ちくま文庫、1997年)[Amz (jp)]

 《シェイクスピア読破その1》 ずいぶん以前にハムレットとマクベスは読んだのですが、それ以外のシェイクスピアの作品は未読でしたので、今回手に取ってみました。訳文も読みやすく、またストーリーも巧みで、面白く読み終えました。法哲学・法思想史を専攻する私には、グロスター伯爵の庶子エドマンドが発する次の台詞がとても印象的でした(原文は The New Oxford Shakespeare より)。「大自然よ、お前こそ俺の女神。お前の掟なら俺は従う (Thou, nature, art my goddess. To the law / My services are bound.)」(31頁)。ともあれ、今年度は集中的にシェイクスピアを読んでみたいと思っています。(2021.04.04)

 

【第36冊】 佐竹昭広ほか校注『万葉集(1)』(岩波文庫、2013年)[Amz (jp)]

 令和の改元以前から読み始め、ようやくさきほど第1巻を読み終えました。数首眺めては数か月放置して、の繰り返しだったので、読了までにひどく時間がかかってしまいました。いろいろ興味深い歌が収められていましたが、別宮貞雄作曲のオペラ「有間皇子」が個人的に好きなこともあり、ここでは皇子が詠んだ次の一首だけ。「岩代の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまたかへりみむ」(150頁)。また、巻末の解説「万葉集を読むために」を興味深く読みました。漢字だらけの万葉集の歌を読み解くのは困難を極めるようです。(2021.01.26)

 

【第35冊】 池内紀編『尾崎放哉句集』(岩波文庫、2007年)[Amz (jp)]

 「咳をしても一人」で有名な放哉の俳句集。最近、文庫版の和歌集や俳句集をよく買い求めて、仕事の合間にぼんやり眺めています。難しいことは分からないので、なんとなく「いいなぁ」と思った句にチェックを入れる程度。放哉には国語の教科書に記載されているような秀句がいくつもありますが、この句集で私が最も気に入ったのは次の一句。「何か求むる心海へ放つ」。海へ放つ、というのがいいなぁ。(2021.01.10)

 

【第34冊】 サラマーゴ『白の闇』(雨沢泰訳、河出文庫、2020年)[Amz (jp)]

 ずっとこの作品が気になっていたので、冬休みを利用して読み終えました。先日読み終えたカミュ『ペスト』よりも、こちらのほうがはるかにコロナ禍の現状に通じるものがあるかも。とにかく途中までは読み進めるのが苦しくなるような内容でした。ネタバレになるのでこれ以上本作の内容に触れるのは避けますが、形式面から言えば、登場人物たちの会話を示す「 」がただの1度も使用されていないのが凄い。こんな文体もあるのか、と驚きました。ノーベル文学賞にふさわしい名作だと思います。(2021.01.04)

 

【第33冊2】 丸谷才一「中年」『丸谷才一全集 第3巻』(下記参照)

 41歳の新聞記者の男性を主人公にした短編。今の私と同い年なので、改めて「やはり中年なのかぁ」と。小説の最後あたりに「そして中年といういふのは、他人のそして自分の、さまざまな裏切りを知つて生きてゆく時期なのではないか」(53頁)という一文が出てきますが、実際のところ、どうなのでしょう? 私が能天気なだけなのかもしれませんが、あまり実感がわきませんでした。(2021.01.29)

 

【第33冊1】 丸谷才一「横しぐれ」『丸谷才一全集 第3巻』(文藝春秋、2014年)[Amz (jp)]

 一気に読み終えました。国文学に通暁した作者の本領が発揮された物凄い作品で、読後にただただ感嘆しました。父とその友人が旅先の四国の茶店で出会った僧侶は、もしかしたら俳人の山頭火かもしれない。このような思いにとらわれた主人公が「横しぐれ」という言葉を手掛かりにして山頭火の俳句や日記に分け入っていく話なのですが、それにしてもここまで日本の古典文学を縦横に引用できるのは作者ならでは! ここ数年でベストの文学作品。圧巻です。(2020.12.30)

 

【第32冊】 清水義範『国語入試問題必勝法 新装版』(講談社文庫、2020年)[Amz (jp)]

 書店に新装版が平積みにされていたので、思わず購入してしまいました。表題作の「国語入試問題必勝法」も面白いのですが、個人的には丸谷才一「忠臣蔵とは何か」のパロディである「猿蟹合戦とは何か」が印象的でした。丸谷才一の歴史的仮名づかひを揶揄する最後の註で爆笑。ただし、私は肝心の氏の作品を読んだことがないので、さっそく丸谷才一全集から1冊を買い求めました。せっかくなので読んでみます。(2020.12.29)

 

【第31冊2】 古井由吉「生垣の女たち」同『やすらい花』(下記参照)

 短編集の2つめに置かれた作品。若夫婦に離れを貸し与える老いた男性と、その男性の死を取り仕切る謎の老女。老いたふたりの仲が浅からぬことは伝わってきますが、詳細は最後まで分からずじまい。いろいろ深読みできそうですが(あるいは、私が重要なヒントを見落としているのか)、ともあれ、そのまま素直に受け取るのが最善かと。(2021.01.13)

 

【第31冊1】 古井由吉「やすみしほどを」同『やすらい花』(新潮社、2010年)[Amz (jp)]

 短編集の冒頭に置かれた作品。もうこの境地まで来ると、小説なのか否かはどうでもいいような気さえしてきます。本篇は作者と思しき男性の手術記ですが、ページが進むにつれて、男性が何気なく詠み始めた連歌がどんどん続いていくところが非常に巧みに描かれています。(2020.12.25)

 

【第30冊】 カミュ『ペスト』(宮崎嶺雄訳、新潮文庫、2004年改版)[Amz (jp)]

 コロナ禍が本格化し始めた頃から改めて注目を集めるようになった本作ですが、実は私自身はコロナ禍以前より読み始め、ようやく先日読み終えました。今の世相と照らし合わせれば、いろいろ興味深い記述が見出されますが、純粋に文学作品としてみた場合、どうなんでしょう? 正直に告白すれば、私にはやや退屈だったかな。かなり以前に読んだ『異邦人』のほうがはるかに面白かったような気がします。ともあれ、本作でのペストのように、一刻も早いコロナの終息を願うばかりです。(2020.12.24)

 

【第29冊】 古井由吉『神秘の人びと』(岩波書店、1996年)[Amz (jp)]

 小説ではなくエッセイ。しかしながら、古井由吉さんの後期の作品はエッセイと小説の境があいまいなようで、本作もたんなるエッセイとは言い切れないような…。マルティン・ブーバー『神秘体験告白集』をおもな素材として、西洋の神秘主義思想が取り上げられていますが、私自身が神秘主義に疎いこともあって、正直なところ「よく分からないなぁ」というのが読後の偽らざる感想です。でも、不思議と最後まで読めてしまうのが、本書の不思議な魅力のように思います。(2020.12.15)

 

【第28冊】 チャペック『白い病』(阿部賢一訳、岩波文庫、2020年)[Amz (jp)]

 小説ではなく戯曲。現在のコロナ禍の時世を反映して出版されたのかもしれませんが、それを措いても、ストーリーが面白く一気に読み終えました。作中では、〈白い病〉と呼ばれる疫病にかかると、皮膚に「大理石のような白斑」(15頁)ができ、やがて肉体が腐敗していくという設定で、その病気の広がりに軍国主義の台頭がうまく重ねられています。(2020.09.21)

 

【第27冊】 村上春樹『一人称単数』(文藝春秋、2020年)[Amz (jp)]

 村上春樹さんの最新短編集。発売すぐに購入したのですが、とにかくコロナ禍で慌しく過ごしていたため、読み終えるまでにかなり時間がかかりました。8つ短編が収められていますが、作品によっては好き嫌いがはっきり分かれそう。個人的には「ヤクルト・スワローズ詩集」がよかったかな。それから「品川猿」において、ブルックナーを好む猿が「はい、七番が好きです。とりわけ三楽章にはいつも勇気づけられます」(193頁)と丁寧に答えるシーンが、なぜかしら印象的でした。(2020.09.04)

 

【第26冊】 村上春樹『螢・納屋を焼く・その他の短編』(新潮文庫、1987年、2010年改版)[Amz (jp)]

 じつに10年以上ぶりに、この短編集を読み返しました。「螢」を除いてすっかり話を忘れていましたが、やっぱり初期の作品は面白いなぁ。村上春樹さんの小説にかんして言えば、新刊を待ち望むというよりも、細部を忘れた頃に昔の作品を読む返すのがここ数年の楽しみになっています。(2020.01.05)

 

【第25冊】 夏目漱石『虞美人草』(新潮文庫、1951年、2010年改版)[Amz (jp)]

 漢語表現を多用した文体が古めかしいのですが、それを除けば、とても面白く読むことができました。ありがちな三角関係を扱ったもので、ふたりの女性のあいだで揺れ動く小野さんの優柔不断な態度がいただけない。宗近君が叱責して述べるように、「人間は年に一度位真面目にならなくっちゃならない場合がある」(416頁)のです。(2020.01.02)

 

【第24冊】 佐藤正午『岩波文庫的 月の満ち欠け』(岩波書店、2019年)[Amz (jp)]

 月の満ち欠けのように、何度も転生を繰り返す「瑠璃」という女性と、彼女にかかわる男性たちの物語。一気に読み終えました。岩波書店が「岩波文庫的」と銘打って文庫化したのもうなづけます。「前世」や「生まれ変わり」をにわかに信じることはできませんが、「もしかしたら」と思わせてくれる作品です。(2019.11.04)

【第23冊】 チャンドラー『プレイバック』(村上春樹訳、早川文庫、2018年)[Amz (jp)]

 久しぶりにチャンドラーを読みました。失礼ながら、ミステリー小説としても意外に面白かったというのが正直な感想です。この作品で有名なのは、物語の終盤で主人公マーロウが答えるあのせりふですが、翻訳としてはどうでしょう。もう少しかっこよい邦訳がありえたかな。(2019.09.01)

【第22冊】 中山七里『連続殺人鬼カエル男ふたたび』(宝島社文庫、2019年)[Amz (jp)]
 前作が面白かったので、急いで続編を購入して読んでみたのですが、正直に言って、ちょっと期待外れでした。たしかに面白いのですが、さすがに展開が強引というか、トリックが雑かな(ネタバレになるので、詳しくは書けませんが)。機会を見て、同作者の別の作品も読んでみたいと思います。(2019.08.13)

【第21冊】 中山七里『連続殺人鬼カエル男』(宝島社文庫、2011年)[Amz (jp)]

 ようやく仕事が一段落ついたので、久しぶりに推理小説を読みました。中山七里さんの作品を手にしたのは初めてでしたが、とても面白かったです。ちょっと冗長な部分があったけど、推理小説としては抜群の出来だと思います。最近続編が刊行がされたみたいなので、そちらも購入しようと思います。(2019.08.11)

【第19&20冊】 塩野七生『十字軍物語 第3巻:獅子心王リチャード』『同 第4巻:十字軍の黄昏』(新潮文庫、ともに2019年)[Amz (jp)] [Amz (jp)]
 少し時間がかかってしまいましたが、『十字軍の物語』をすべて読了しました。西欧側から見た後半2冊の主人公は、リチャード獅子心王、皇帝フリードリヒ2世、聖王ルイ。個人的には、惨敗続きの聖王ルイに興味を覚えました。機会があれば、ル・ゴフの『聖王ルイ』を読んでみたいと思います。(2019.03.28)

【第18冊】 コンラッド『闇の奥』(黒原敏行訳、光文社古典新訳文庫、2009年)[Amz (jp)]

 植民地主義との関連でしばしば参照される古典ですが、正直に言って、私にはあまり面白い小説には思えませんでした。船乗りマーロウの独白という小説全体の構成が成功しているように思えませんでしたし、肝心のクルツに出会うまでの描写が長すぎるようにも思います。ただし、訳文はとても読みやすかったです。(2019.03.27)

【第17冊】 夏目漱石『こころ』(新潮文庫、1952年、2004年改版)[Amz (jp)]

 高校時代に読んだ『こころ』をおよそ20年ぶりに読み返しました。覚えているようで、結構細部を忘れていました。いつの時代も人間のエゴや嫉妬心は変わらないものだなぁとつくづく思います。可能であれば友人を裏切りたくはありませんが、他方で、「先生」の振る舞いに共感できるところが多々ありました。(2019.03.22)

 

【第16冊】 夏目漱石『それから』(新潮文庫、1948年)[Amz (jp)]

 『三四郎』に続く三部作の第二作。時代背景もあるのでしょうが、実家の財産に依存して気ままに暮らす主人公・代助の言動には、やはり説得力がないように思います。働きもせずに何を言っているんだか、みたいな。面白い小説でしたが、私の読後感がよくないのはそういうところに起因するのだと思います。(2019.03.04)

 

【第15冊】 塩野七生『十字軍物語 第2巻:イスラムの反撃』(新潮文庫、2018年)[Amz (jp)]

 作品を読んでいると、トップに立つ人材に恵まれるか否かが勝敗の分かれ目だなぁと思います。また、時おり挿入される人生訓めいた一節も含蓄があって興味深いなぁ。「中立路線とは、味方からは信用されず、敵からは軽く見られる危険を合わせもつ生き方なのである。」(190頁)(2019.02.07)

【第14冊】 塩野七生『十字軍物語 第1巻:神がそれを望んでおられる』(新潮文庫、2018年)[Amz (jp)]
 塩野さんが描き出すお馴染みの歴史物語。塩野作品を本当に久しぶりに手に取りましたが、期待通りの面白さで、一気に読み終えました。この第1巻では第一回十字軍の活躍による十字軍国家成立までが描かれています。次巻以降の展開が気になるところです。(2019.01.20)

 

【第13冊】 ウエルベック『服従』(大塚桃訳、河出文庫、2017年)[Amz (jp)]

 イスラム政党が与党となった、架空のフランス社会を描いた長編小説。現実の世界情勢と照らし合わせていろいろ思うところがありましたが、個人的には、大学教員である主人公が研究対象としているユイスマンスがとても気になりました。機会があれば『さかしま』を読んでみたいと思います。(2018.12.31)

 

【第12冊】 ダンテ『神曲 地獄篇』(原基晶訳、講談社学術文庫、2014年)[Amz (jp)]

 研究の合間に一歌ずつ読み進め、ようやく読了しました。定評のある平川訳も持っていますが、私にはこの新訳のほうが読みやすく感じました。訳者による各歌解説も秀逸。イスラム教に関連して、「他宗教の存在を認めない無知ゆえにダンテは間違えたのだ」(598頁)という指摘はとても印象的でした。(2018.12.25)

 

【第11冊】 古井由吉『辻』(新潮文庫、2014年)[Amz (jp)]

 「辻」をテーマにして繰り広げられる12の連作短編集。読み終えるのに4年ほどかかりました。とにかく私には難解で、正直なところ、この短編集の真価がよく分かりません。まだ早すぎたのかも。十数年後に読み直したときに、ちょっとでも理解できる範囲が増えていればいいのですが。(2018.12.09)

 

【第10冊】 池澤夏樹『きみのためのバラ』(新潮文庫、2010年)[Amz (jp)]

 八つの作品が収められた短編集。久しぶりに池澤夏樹さんの小説を読みました。表題作「きみのためのバラ」も素敵でしたが、個人的には「都市生活」が印象深い作品でした。飛行機に乗り損ねてイライラが募った男の、ちょっとした物語。軽い感じで、お洒落でした。(2018.12.07)

 

【第8&9冊】 エーコ『バウドリーノ』上下巻(堤康徳訳、岩波文庫、2017年)[Amz (jp)] [Amz (jp)]

 中世を舞台とした、バウドリーノの冒険譚。主人公の壮大なほら話のように思えますが、作品全体に史実が散りばめられており、とても面白く読めました。フリードリヒ赤髭王の事跡やキリスト教の教義に通じていれば、作者が仕掛けたパロディに気付くのでしょうが、そこまではなかなか難しいかな。(2018.09.20)

【第7冊】 夏目漱石『三四郎』(新潮文庫、1948年)[Amz (jp)]

 言わずと知れた三部作の第一作。これまで読んでいなかったので初めて読んでみたのですが、いまでも十分に面白いですね。三四郎の朴訥とした雰囲気と与次郎の軽薄な感じが好対照で、印象に残りました。ただ新潮文庫のカバー絵は、私のイメージする三四郎と美禰子とはずいぶんちがうなぁ。(2018.09.04)

 

【第6冊】 村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか?』(文春文庫、2018年)[Amz (jp)]

 小説ではなく紀行文集。村上春樹さんの小説は高校生の頃から読み続けてきましたが、近年の長編小説は大仰すぎて、個人的にはちょっとうんざりしていました。やれやれ。でも、この紀行文集はさらりとしていて、いいですね。旅先の楽しい雰囲気が読者の私にも十分に伝わってきました。(2018.05.04)

 

【第5冊】 三浦しをん『舟を編む』(文春文庫、2015年)[Amz (jp)]

 第9回本屋大賞大賞受賞作。辞書作りの物語り。これもまた素晴らしい小説で、一気に読み終えてしまいました。国語辞典はもちろん、仕事柄、類語辞典や諸外国語の辞典をふだんから頻繁に使用していますが、この小説を読んで辞書作りの大変さと魅力が伝わってきました。お勧めの1冊です。(2018.04.23)

【第4冊】 原田マハ『楽園のカンヴァス』(新潮文庫、2014年)[Amz (jp)]

 アンリ・ルソーの名画「夢」をめぐる美術ミステリー。結末が気になって、一気に読み終えました。正直に言って、ストーリー展開にちょっと疑問に思うところがありました(どうしてもっと科学的に調査しないのだろうとか)が、ミステリー小説としては抜群に面白かったです。(2018.04.18)

 

【第3冊】 宮下奈都『羊と鋼の森』(文春文庫、2018年)[Amz (jp)]

 第13回本屋大賞大賞受賞作。若きピアノ調律師の成長物語。羊と鋼はピアノの素材で、「羊のハンマーが鋼の弦を叩く。それが音楽になる」(75頁)。登場人物がすべて優しい人たちばかりなので、精神的に疲れているときに読むと心が和むと思います。とても素敵な作品でした。(2018.04.15)

 

【第2冊】 沢木耕太郎『凍』(新潮文庫、2008年)[Amz (jp)]

 ノンフィクションですが、下手な小説よりもスリリングな内容。登山家夫妻の壮絶な下山を描いた作品で、続きが気になって一気に読み終えました。高校生のときに読んだ『一瞬の夏』も当時の私には衝撃的でしたが、この『凍』はそれを上回る名作のように思います。(2018.01.29)

 

【第1冊】 チュツオーラ『やし酒飲み』(土屋哲訳、岩波文庫、2012年)[Amz (jp)]

 「わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった」という一節から始まる破天荒なストーリー。「小説」というよりも「物語」と評すべき作品です。勢いがあるので最後まで一気に読み通せますが、私の読後感は「?」という感じでした。(2018.01.24)

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